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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)283号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

塚田善治

鰍澤健三

新井旦幸

被告

日本中央競馬会

右代表者理事長

濵口義曠

右訴訟代理人弁護士

畠山保雄

田島孝

松井秀樹

主文

一  被告が原告に対して平成八年七月二四日付けでした原告の馬主登録を拒否する旨の処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨。

第二  事案の概要

本件は、法人税法違反被告事件において執行猶予付有罪の確定判決を受けた後、自ら馬主登録の抹消手続をした原告が、右執行猶予期間経過後に、平成八年四月一二日受付で、被告に対して改めて馬主登録の申請をした(以下「本件登録申請」という。)のに対し、被告が、平成八年七月二四日付けで、原告の馬主登録を拒否する旨の処分(以下「本件拒否処分」という。)をしたため、原告が、本件拒否処分の取消しを求めた事案である。

一  関係法令等の定め

1  競馬法(以下「法」という。)は、農林水産省令の定めるところにより、被告が行う馬主登録を受けた者でなければ、中央競馬の競走に馬を出走させることはできず、被告は、競馬の公正な実施を確保するため必要があると認めるときは、農林水産省令で定めるところにより、馬主登録を抹消することができるとし(法一三条一項、二項)、右農林水産省令である競馬法施行規則(以下「規則」という。)は、馬主登録の申請の方式(規則一条の七)、馬主登録の実施方法(規則一条の八)、馬主登録の拒否事由(規則一条の九)、馬主登録簿の記載事項の変更手続(規則一条の一〇)、馬主登録の必要的取消事由(規則一条の一一)、馬主登録の裁量的取消事由(規則一条の一二)及び馬主登録の抹消(規則一条の一三)について規定を設けているが、馬主登録の必要的取消事由中には、馬主登録を受けている者が、登録の抹消を申請したとき(規則一条の一一第二号)、禁錮以上の刑に処せられた者に該当したとき(規則一条の一一第三号、一条の九第二号)が含まれており、馬主登録の拒否事由中には、馬主登録の申請者が、禁錮以上の刑に処せられた者(規則一条の九第二号)、禁錮以上の刑に処せられた者に該当することとなったために規則一条の一一第三号の規定により馬主登録を取り消され、その取消しの日から五年を経過しない者(規則一条の九第九号)、規則一条の九第一号ないし第九号に定めるもののほか、競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者(規則一条の九第一〇号)に該当するときが含まれている。

2  日本中央競馬会法は、被告は馬主の登録に関する規定について規約で定めなければならないと規定している(同法八条一項二号)。右規約である日本中央競馬会競馬施行規程(昭和二九年規約第一号。以下「規程」という。)が定める馬主登録の必要的取消事由中には、馬主登録を受けている者が、登録の抹消を申請したとき(規程一〇条二号)、禁錮以上の刑に処せられた者に該当したとき(規程一〇条三号、八条二号)が含まれており、馬主登録の拒否事由中には、馬主登録の申請者が、禁錮以上の刑に処せられた者(規程八条二号)、禁錮以上の刑に処せられた者に該当することとなったために規程一〇条三号の規定により馬主登録を取り消され、その取消しの日から五年を経過しない者(規程八条九号。以下「五年条項」といい、五年条項適用の前提となる規程一〇条三号の規定による馬主登録の取消しを「職権取消し」という。)、規程八条一号ないし一一号に定めるもののほか、競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者(規程八条一二号。以下「公正条項」という。)に該当するときが含まれている。

二  争いのない事実等

1  当事者(甲第二号証、乙第三号証の二、三、同号証の七の一、二、同号証の八)

原告は、昭和四二年一二月六日、被告の馬主登録(馬主登録番号・個人No.三三七六)を受け、平成七年一〇月二日付けの馬主登録抹消申請書を被告に提出し(同月四日受理)、同月五日付けで、馬主登録の抹消を受けている(以下「本件自己抹消」という。)が、昭和五六年一二月一日、宮崎地方裁判所において、法人税法違反により懲役一〇月、執行猶予一年の有罪判決を受け、控訴審である福岡高等裁判所宮崎支部において、平成三年七月一八日、原判決破棄、懲役六月、執行猶予一年の有罪判決を受けて上告したものの、平成七年四月四日、最高裁判所第一小法廷による上告棄却の決定を受け、同月一一日、福岡高等裁判所宮崎支部の有罪判決が確定している(以下「本件有罪判決」という。)ものである。

2  本件登録申請に至る経緯(甲第三号証、乙第二号証の一ないし三、第三号証の一ないし五、同号証の六、七の各一、二、同号証の八、九、第四号証)

(一) 原告は、本件登録申請に先立ち、農林水産省畜産局競馬監督課作成の別紙(一)の文書(甲第三号証)を入手した上で、被告に対し、馬主登録申請を行いたい旨電話で伝え、平成八年四月初めころ、刑法二七条の条文と注釈書の該当箇所のコピー(乙第二号証の一ないし三)を送付した(ただし、原告と被告側担当者との間の電話でのやり取りの具体的内容については争いがある。)。

(二) また、原告の知人である半田辰己(以下「半田」という。)、網本松治(以下「網本」という。)は、平成八年四月一〇日ころ、被告を訪ねて、原告の馬主登録の可否についての打診を行った。

(三) 平成八年四月一二日、原告、原告が経営する甲野商事株式会社の専務取締役である山口重明、半田、網本及び弁護士塚田善治の五名が被告を訪ね、馬主登録申請書及び上申書(乙第三号証の一ないし五、同号証の六、七の各一、二、同号証の八、九)を提出し、所定の手続を行って本件登録申請を行った(ただし、その際の原告ら五名と被告側担当者との間のやり取りの具体的内容については争いがある。)。

3  本件拒否処分及びその後の経緯(甲第一、第二号証)

(一) 被告理事長は、平成八年七月二三日、規程八条の二第二項に基づき、馬主登録審査委員会に本件登録申請の適否について諮問したところ、登録を拒否すべきとの意見が得られたので、翌二四日、規程一五九条一号に基づき、審査会に対し、馬主登録審査委員会の意見を添えて本件登録申請の適否について諮問した結果、馬主登録審査委員会の結論どおり登録を拒否することに異議がないとの意見が得られたため、被告は、本件登録申請については馬主登録を拒否する旨決定し、同日付けで、別紙(二)の通知書(甲第一号証。以下「本件通知」という。)をもって、その旨原告に通知した(本件拒否処分)。

(二) 原告は、平成八年二三日付けで、被告理事長に対し、本件拒否処分に対する異議申立てをし、被告理事長は、同年一〇月二二日付けで、原告の異議申立てを棄却する旨の決定をしたため、同年一二月一〇日、本件訴えを提起した。

三  争点

1  本件拒否処分が理由の提示を欠く違法なものであるか否か。

(原告)

行政庁に課せられた理由提示義務(行政手続法八条)は、行政運営の公正、透明を確保することを目的とするものであって(同法一条)、単に処分の相手方に対し不服申立ての便宜を与えることのみを目的としているものではないから、当該処分の相手方が処分理由を知っているか、又は知り得る状態にあったからといって、行政庁の理由提示義務が免責されるものではない。そして、提示すべき理由の程度は、処分の性質と当該法令の趣旨、目的に照らしてこれを決定すべきであるが、理由提示を義務付けた行政手続法の趣旨からみて、抽象的、一般的なものでは足りず、申請者がいかなる事実関係に基づき、いかなる法規を適用して当該処分がなされたかをその記載自体から了知し得るものでなければならないところ、本件拒否処分には、単に規程八条九号(五年条項)及び一二号(公正条項)に該当する旨が示されているのみで、いかなる事実が右各号に該当するのか具体的に明らかでないので、本件拒否処分には提示理由不備の違法がある。

(被告)

行政手続法八条が、許認可等を拒否する処分をする場合に、申請者に対して理由を示さなければならないとしている趣旨は、それにより行政庁の判断の慎重、合理性を担保して、恣意性を抑制するとともに、申請者の不服申立て又は訴えの提起の便宜を図るという点にあり、このような趣旨からすれば、何が拒否処分の理由であるかが知り得る程度に理由を示せば足りるものと解される。

被告が、本件拒否処分をした理由は、原告が法人税法違反により懲役六月、執行猶予一年の有罪判決を受け、これが確定しており、その結果、原告の馬主登録は取り消され、その後五年間の馬主登録は不可能となるべきところ、これを潜脱するため本件自己抹消をしたことが公正条項に該当するということにある。そして、被告は、原告あるいは原告の関係者らに対し、本件拒否処分前から再三にわたり、原告の馬主登録の可否については、執行猶予期間の経過後であっても、規程八条九号(五年条項)に実質的に該当し、仮に形式的には規程八条九号(五年条項)に該当しないとしても、五年条項の趣旨は、馬主が禁錮以上の刑に処せられた場合には、執行猶予期間が満了しても、取消しの日から五年間は馬主登録は認めないというものであるから、その実質を考えると規程八条一二号(公正条項)により登録は受けられない旨を説明しており、原告は、本件通知書に記載された規程の該当条文(五年条項及び公正条項)により、本件拒否処分の理由が何であるかを十分認識できたものというべきである。

2  原告に馬主登録拒否事由が存するか否か。

(被告)

(一) 原告は、本件有罪判決を受けながら、それを秘し、本件自己抹消をしており、本件自己抹消は、本件有罪判決により、被告により職権取消し及び抹消を受けるおそれがあることを認識した上、その場合に適用される五年条項の適用を免れる目的でなされたものというべきところ、そのような目的でなされた本件自己抹消は脱法行為であって、本件自己抹消がなされていたとしても、実質的にみて、規程八条九号(五年条項)が適用されるべきものである。

(二) また、仮に、本件自己抹消により五年条項の適用を免れ得るものとすると、禁錮以上の刑の有罪判決の確定により馬主登録が職権取消しされた者との間に理由のない差異を生ずることになるばかりでなく、そのような脱法行為は、競馬の施行に当たっての規律を乱すものであり、規程八条一二号(公正条項)が規定する「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者」に該当することは明らかである。

(三) なお、「競馬の公正を害するおそれがあると認めるにたりる相当な理由がある者」とは、「競走の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者」と狭く解すべきではなく、競馬の重要な構成者である馬主については、公正であることが競馬制度のために不可欠である以上、秩序や規律を遵守しないと疑われるような事由のある者については、「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者」に該当すると解すべきである。

(原告)

(一) 規定上、職権取消しを受ける前に馬主登録の自己抹消の申請をすることは、その動機が五年条項の適用を免れることにあると否とを問わず、禁止されていないところ、原告は、本件自己抹消により馬主登録の抹消を受けたのであって、五年条項適用の前提たる職権取消しをされた者には該当せず、規程八条九号(五年条項)に該当することを理由とする本件拒否処分は違法である。また、被告においては、有罪判決が確定した者に対しては、職権取消しを差し控え、馬主登録の自己抹消申請をしょうようしているのであるから、本件自己抹消に限り脱法行為であるとして、五年条項を適用することは、信頼の原則に反する。

なお、被告は、原告が本件有罪判決を受けながら、その事実を被告に告げることなく本件自己抹消を受けたことが脱法行為に該当すると主張するが、規程上、馬主に対し、被告への申告義務が課せられているのは、規程九条所定の事項のみであって、本件有罪判決の事実については、原告は被告に対する申告義務を負っておらず、また、被告としても、原告に係る刑事裁判が長期にわたり係属していることを承知していたのであるから、右刑事事件に係る判決が確定したか否かは、検察庁に照会すれば直ちに判明したにもかかわらず、自らなすべき調査を怠っておきながら、本件自己抹消が脱法行為だとするのは筋違いである。

(二) 公正条項に規定する「競馬の公正」とは、法二四条、競馬法施行令一四条の各規定に照らせば、規程一二〇条各号に規定するような「競走の公正」を意味するものであることは明らかであり、仮に、本件自己抹消が五年条項を免れるためになされたとしても、本件自己抹消は、「競馬の公正」を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある場合に該当するものではない。したがって、規程八条一二号(公正条項)に該当することを理由とする本件拒否処分は違法である。

四  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  争点に対する判断

一  本件拒否処分が理由の提示を欠く違法なものであるか否か(争点1)について

1  前記のとおり、被告は、法及び規則により、中央競馬の競走に馬を出走させることができる馬主の登録に係る処分権限を付与されており、馬主登録に関し、行政手続法八条一項本文に規定する行政庁の立場に立つものということができ、被告による馬主登録の拒否は、同項本文に規定する「申請により求められた許認可等を拒否する処分」に該当するのであるから、被告は、馬主登録申請に対し、これを拒否する処分をする場合には、同項ただし書の場合に該当しない限り、申請者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければならず(同条本文)、当該処分が書面でなされるときは、右理由を書面により示さなければならない(同条二項)。ところで、本件登録申請は同条一項ただし書の場合に該当しないことは明らかであり、原告の本件登録申請を拒否する本件拒否処分は、本件通知書をもってなされているのであるから、原告に対し、本件拒否処分の理由を書面により示されなければならないものというべきである。

2 行政手続法は、行政運営における公正の確保と透明性(行政上の意思決定について、その内容及び過程が国民にとって明らかであることをいう。)の向上を図り、もって国民の権利利益の保護の資することを目的とする(同法一条一項)ところ、このような同法の目的に照らせば、同法八条一項本文、二項が行政庁に対して課している理由提示義務は、拒否事由の有無の判断についての行政庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、拒否の理由を申請者に明らかにすることによって、透明性の向上を図り、併せてその不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものというべきである。右のような理由提示義務の趣旨に鑑みれば、当該拒否処分が書面によりなされる場合に、当該書面により示さなければならない理由としては、いかなる根拠に基づきいかなる法規を適用して当該申請が拒否されたのかということを、申請者においてその記載自体から了知し得るものでなければならず、単に、当該拒否処分の根拠規定を示すだけでは、それによって当該規定の適用の基礎となった根拠をも当然知り得るような場合は格別、同条一項本文の理由提示として、不十分というべきである。そして、同項本文の規定する理由提示義務が、行政庁の拒否事由の有無の判断についての判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制する趣旨を含むことに照らせば、申請者が当該拒否処分理由を推知できると否とにかかわらず、当該拒否処分がなされた時点において、右に述べた程度の理由が示されていなければ、理由提示義務違反として、当該拒否処分は違法なものとして、取消しを免れないものというべきである。

3  これを本件についてみるに、本件拒否処分に当たって、被告が、申請者である原告に対して、本件通知書において示した処分理由は、別紙(二)記載のとおり、本件拒否処分の根拠とされた規程の条文(規程八条九号及び一二号)とその条文の文言のみであり、被告が主張する本件拒否処分の理由は、実質的に五年条項(規程八条九号)に該当し、あるいは公正条項(規程八条一二号)に該当するというものであるところ、本件登録申請時において原告は五年条項(規程八条九号)に形式上該当せず、公正条項(規程八条一二号)については、その要件自体が抽象的であり、具体的事実のうち、いかなる点が競馬の公正を害するかは、規程の条文の文言のみでは判明しないのであって、結局、右各規程の条文をもって、これらが適用される基礎となった根拠、事実関係を当然知り得るような場合には該当しないことは明らかというべきであり、本件拒否処分は、理由の提示を欠くものとして、違法であるというべきである。

4  この点につき、被告は、本件拒否処分前の原告との折衝の過程における被告側の説明等により、原告は、本件拒否処分がいかなる理由によりなされたかということを、本件通知書に記載された各規程の条文を見ただけで十分知り得る状態にあったと主張するが、申請者が当該拒否処分理由を推知できると否とにかかわらず、当該拒否処分がなされた時点において、いかなる根拠に基づきいかなる法規を適用して当該申請が拒否されたのかということを、申請者においてその記載自体から了知し得るものでなければならないことは、前に判示したとおりである。

二  以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、本件拒否処分は、行政手続法八条一項本文、二項の規定する理由の提示を欠く違法な処分として、取消しを免れないものというべきである。

第四  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官富越和厚 裁判官團藤丈士 裁判官水谷里枝子)

別紙(一)(二)〈省略〉

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